クローズアップ・現代の屋根職人【第1回】頼れる親方・小山武志
「職人」とは、自ら身につけた熟練の技術によって、手作業で物を作りだすことを職業とする人の事である。
そして、彼らの持つ技術は「職人芸」とも呼ばれている。
今回は、そんな熟練の技術をもった屋根職人・小山さんにスポットをあて、屋根職人を目指したきっかけや様々な話しを聞いてみましたので、皆様にご紹介したいと思います。
☑当時は手に職を持っていれば食っていける...そんな時代だった
林(以下H):屋根職人になろうと思ったきっかけは?
小山さん(以下K):16歳のとき、ガソリンスタンドでアルバイトしてたら瓦屋の親方から声をかけてもらったのがきっかけだな。当時は手に職を持っていれば食っていける...そんな時代だったからなぁ。
H:当時を振り返って苦労話なんかあったら聞かせてもらえます?
K:上下関係は本当に厳しかったなぁ。最初は雑用しかやらせてもらえなかったから。今みたいに「荷揚げ機」なんてもんはなかったから、全部担ぎ上げてたよ。
当時は住み込みで仕事するのが当たり前の時代だった。朝食前に荷揚げを終わらせてからじゃないと朝食も食べれなかった。朝5:00くらいから兄弟子が仕事できるように段取りをして、それから朝食を摂る。
1年くらい経ってからかなぁ、「技術は見て覚えろ」って言われて。でも自分の与えられた仕事を全て終えてからじゃないと見せてもらえなかった。
H:1人立ちしたのはいつごろですか?
K:27歳のときだから、ちょうど10年経ったとき。当時の組合の規定で1人前になるには最低5年はかかった。そして育ててもらった親方への「お礼奉公」として1年はそこにいたよ。「お礼奉公」は当時のしきたりで...。
H:1人で1番最初にやった屋根工事のことって覚えてます?
K:相模原で親方が建てたアパートの屋根を1人で全部任せてもらったよ。苦労しないで仕事ができて...意外だったなぁ、もっと苦労すると思ってたんだけど。そこで初めて親方から「仕上がりが綺麗だな」って褒められて、嬉しかったなぁ。
H:これまでで一番大変だったことってなんですか?
K:自分では1人前の屋根職人になったつもりでいたんだけど、社寺仏閣の屋根に興味を持つようになって、その技術を取得したいと思って専門の工事店で約3年間修行したよ。教わってきた基本は同じだったけど、応用する技術が全く違ってて。「世の中には、上には上の人がいるんだなぁ」って痛感したよ。
☑これまでに約2000棟もの屋根を手がけた小山さんに聞いてみた!
H:40年以上屋根工事をやっていると、いろんな物件を施工してきてると思いますが、思い出に残っている屋根ってどこの屋根ですか?
K:いろいろやってきたけど真っ先に思いつくのは港区にある「泉岳寺」の赤穂義士記念館、社務所、塀の瓦、あと本堂の回廊の屋根を1人でやったことだな。全部終わるまで半年くらいかかったよ。
H:これ1人でやってたんですか?
K:そうだよ、だから半年かかったんだよ。いやぁ懐かしいなぁ...。
自分のやった仕事がいつまでも残る、これこそ屋根職人冥利につきるなぁ。
☑石川商店との出会いは1995年の阪神淡路大震災だった
H:石川商店との最初の出会いってなんだったんですか?
K:阪神の地震のとき、大手ハウスメーカーの依頼で神戸に現地調査へ行ったとき、会長(石川保博)に会ったのが最初だな。当時は他の工事店で仕事してたから...。会長と一緒に現地調査をしたことで知り合うきっかけになったなぁ。
そんな小山さんと私が最初にお会いしたのは、大手ハウスメーカーが毎月開催する「安全パトロール」と呼ばれる現場巡回の真っ最中でした。
当時の私はまだこの屋根業界に身を置いて間もないころ、横浜市港北区の新築現場で屋根の状況を見に行ったときに初めて小山さんと出会うことになったのです。
K:あのときのことは今でも覚えてるよ。お前が名刺渡してきて「ぜひ石川商店の仕事もお願いします」って。それから半年くらい経ってからか、当時いた工事店の仕事が一時的に空いちゃって...それで電話したんだよな。
石川商店で仕事をするようになって今年で10年目を迎える小山さん、今では現場での仕事とは別に、若手へ自ら培ってきた技術を継承するため指導する日もある。そんな小山さんに今後のことを聞いてみた。
H:今後の若い世代の屋根職人に望むことってなんですか?
K:技術を習得するためにはまず「継続」すること。数こなせば身体で覚えていくもんだよ。日々勉強だよ。
勉強と言っても頭でする勉強ではなく「身体で覚える勉強」だぞ。
例えば「屋根の葺き替え工事」では、ただ瓦を剥がすだけでじゃなく先人のやった仕事を見ながら剥がす、そして「いい仕事してたな」って思えば、それを取り入れる。
逆に間違った仕事をしていると思えば「なんでこうやったんだろう」って疑問に感じることが大切なんだよ。
これこそが「日々勉強」ってこと。
☑自分を超える人材を育てたい
最後に、今後の小山さんの活動について聞いてみました。
H:まだまだ現役で大先輩でもある小山さんに大変失礼だと思いますが、今後どういったことに力を入れてみたいですか?
K:オレも60歳だからなぁ、まだまだ元気だけど今後は仕事しながら自分を超える人材を育ててみたいよなぁ。石川商店にはその力を秘めた若手がいるんだから、オレがしっかり育ててやるよ!
☑あとがき
これまで屋根業界に長く貢献された小山さん、その卓越した技能が屋根業界の発展に寄与するとともに、後進の指導にも尽力された功績が認められ、全日本瓦工事業連盟より感謝状が贈られました。
今後も石川商店の若手育成のため、そして屋根でお困りの全てのお客様のために、その知識と技量を大いに発揮してくれるものと信じております。
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小山 武志 プロフィール (1954年生まれ)
1970年 都内の屋根工事店に入社。屋根職人への道を目指す。
1982年 小山瓦店として独立する。
1998年 1級かわらぶき技能士資格取得
2005年 都内の屋根工事店を経て石川商店に加わる。
2014年 かわぶき技能士2級に2名合格させる。
厚生労働省の定める「ものづくりマイスター」に認定される
(東京都で6人目)
※大手ハウスメーカーの戸建住宅にて数々の屋根を施工し、港区にある泉岳寺をはじめ
数々の歴史的建造物の屋根工事に携わる。
※2015年は1級かわらぶき技能士を3名合格へと導く。
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